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前橋地方裁判所 昭和41年(ワ)332号 判決

原告

渡辺まつ代

代理人

角南俊輔

外四名

被告

古河鉱業株式会社

右代表者

楢原良一郎

代理人

山田岩尾

外一名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

一、原告が被告に対し、被告の従業員として雇傭契約上の地位を有することを確認する。

二、被告は原告に対し金二六万九、二二〇円および昭和四一年一二月一日以降前項記載の雇傭契約終了に至るまで毎月一五日限り月当り金三万八、四六〇円宛の金員を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。との判決ならびに第二項につき仮執行の宣言を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

一、原告の請求はいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

(請求の原因)

一、被告会社は採鉱、機械製造、販売を業とする株式会社であるが、原告は昭和二八年三月群馬県立高崎女子高等学校を卒業後、同年五月九日に被告会社に雇傭されて被告会社機械事業部高崎工場(以下高崎工場という。)に配属され、同三八月三月迄業務課資材係、同年四月から同四〇月九月迄製造課工務係工具整理員を経て、同月以降同課同係進行員として送状、外注加工依頼票の発行等の業務に従事していた。

二、解雇処分

被告会社は原告に対し、昭和四一年三月二九日付内容証明郵便により被告会社就業規則七三条一項の「已むを得ない事業上の都合によるとき」に当該するとの理由で同年四月二七日付にて解雇をなす旨の意思表示をなし、そのころ原告に到達した。

理由

一請求の原因第一、二項は当事者間に争いがない。

二被告は、本件解雇が、被告会社における復配体制確立のための合理化措置の一環としての人員整理の一部であつて、就業規則に基くものであると主張するので、まず、被告会社の当時の経営状況並びに合理化措置の必要性の有無について検討することとする。

(一)  被告会社全般の事情

〈証扱〉によれば、次の事実が認められる。

被告会社は、その営業の主力部門であつた石炭産業の斜陽化等に起因して昭和三七年九月(第八三期)に年五分の割合の配当を行なつたのを最後に、その後は再評価積立金を取りくずして僅少の株式配当を行なつていたが、それも取りつくして間もなく完全な無配に追い込まれるという企業存立の危機に直面するに至つた。そこで、昭和四〇年四・五月ころ、被告会社社長は、同四一年上期には赤字を解消し同年下期には年一割程度の配当ができるようにするという「復配体制確立」を指示した。ところが、電力、化学、石炭の各部門では徐々に業績が向上したにかかわらず、復配体制確立の担い手として最も期待された機械事業部門のみが、同四〇年下期ころからの業界の深刻な不況等に禍されて同期上三ケ月の販売収入の対予算遂行率は90.8パーセントに止まり、収支状況も依然として好転のきざしは見出だし難く、このまま推移するときは前記復配体制確立の達成は極めて困難となつた。そこで、被告会社機械事業部長は、同四一年一月二一日、各工場長等に宛てて、徹底的なコストダウンを実施するため、購売、外注価格の引き下げ、製品不良率の低下、材料歩留り率の向上、工程管理の合理化、作業能率の向上等の具体案を作成し、実施するよう指示した。

(二)  高崎工場における事情

〈証拠〉を綜合すれば、次の事実が認められる。

(1)  高崎工場は機械製造、ことに鑿岩機、搭載機、スポーツ用ボウリング機械の製造を主たる事業内容としているものであるが、従業員は職員と工員とに分かれ、従前は総務、業務、技術、製造、検査、ボウリングの六課とその下にある一五係に分属していたが、高崎工場においても昭和三九年下期の不況により千数百万円の赤字を出した。その後、同四〇年上期に至つて主として中国よりの大口受注により逆に千四、五百万円の黒字を出したが、引き続いて同様の引き合いが継続する見込みもなく、一方同四一年上期のベースアップを考慮すれば同期に安定した利益を確保して同年下期に復配体制を確立することはおぼつかない見通しとなつていた。

(2)  高崎工場における従業員一人当りの付加価値(付加価値総額を従業員数で除したもの)は昭和四一年三月頃において約金六〇万円であり、同業他社の約金八〇万円を遙かに下廻つており、逆に労働分配率(人件費を付加価値で除したもの)は業界では四〇パーセント以下が常識であるのに六〇パーセントを上廻つていた。このような生産性の低さは、主として間接部門の比率が高いことに原因するものであり、同工場における同年一月現在の従業員総数三三八名のうち間接員が一一六名、準直接員(広義には間接部門に含まれる)が七五名の多数にのぼつていた。そこで生産性の向上、特に間接費の節減を図るため、高崎工場の当時の岡野工場長、中村副工場長が中心となつて、同年二月以降調査、検討を重ねたうえ、同年三月に至つて間接業務の簡素化、能率化を中心に従来の六課一五係を五課一一係に改組するという新機構案を決定した。

(3)  右新機構案の実施により、従来分かれて取扱われていた業務が課ないし係に集約統合され、あるいは仕事量の廃止または縮小が行なわれることになつたため、それらの業務を担当していた者一五名が余剰人員となつたが、その内訳は女子工員一〇名、男子職員五名であつた(但し、男子職員のうち三名は全社的な職員整理の面から剰余人員とされたものであり、高崎工場の間接業務の縮小に伴つて剰員とされたのは一二名である)。ところで、被告会社においては、職員の人事権は本社にあり、工員の人事権は各工場長にあつたのであるから、結局高崎工場工場長が人事権を有するもので余剰人員となつたのは女子工員一〇名であつた。

(三)  以上に認定した事実によれば、昭和四一年当時、被告会社は企業を存立させるために、大胆な経営合理化を行なう必要に迫られており、高崎工場においては間接部門を合理化して生産性の向上を図るには、工員一〇名を退職させないしは解雇せざるを得ない状況にあつたものと認められる。

三人員整理対象者の選定

(一)  〈証拠〉を綜合すれば次の事実が認められる。

高崎工場では、右のように工員一〇名が剰員となつたので、次の各理由により、既婚者を中心とする女子工員に退職を求めることとした。

女子(当時全部で三〇数名であつた)を対象とする理由としては、①前記新機構案によつて廃止、縮小された業務に従事していたのが大部分であること、②高崎工場で製造している製品の性格からして女子の就労に適する直接部門の職場がなく(当時直接部門で就労している女子工員は研削に従事する者一名のみであつた)、従つて女子を直接部門に配置転換するのは困難であつたこと。

さらに、特に既婚女子(当時全部で八名であつた)を対象とする理由としては、③右①の女子がたまたま大部分既婚女子であつたこと、④従来女子工員は結婚すると退職する者がほとんどであり、そうでなくても結婚後永くは在職しなかつたこと、⑤既婚女子は通常夫と共稼ぎをしており、退職しても一応生活には困らないこと。

そこで同工場においては、昭和四一年三月七日より四日間にわたり、会社側より当時の中村副工場長、国広総務副課長が、労働組合側より執行部の役員全員が出席して工場労使協議会を開き、労組の諒承を得たうえで、同月一二日女子従業員を対象とし予告手当一ケ月分の支給を条件として希望退職募集の掲示を行なつたところ、既婚女子中原告を除くその余の七名全員、未婚女子中二名が退職願を提出したが、既婚女子中原告のみが期日までに退職願を提出しなかつた。

(二)  被告が右のように人員整理の対象として既婚者を中心とする女子を選定したことは、前記二で判断したように人員整理自体が企業の運営上必要やむを得ない措置である以上は、前記①ないし⑤の理由(ないし④の事実は(一)掲記の各証拠によつてこれを認めることができる。⑤の事実は当裁判所に顕著である。)ことに夫の稼働している既婚女子が退職して被告から賃金を得られなくなることにより被る不利益がそれ以外の工員が退職した場合のそれに比して通常は少いことを考えれば、合理的な措置であつたと認めることができる。

(三)  なお、本件解雇後高崎工場において高卒女子若干名が新規採用されたことは当事者間に争いがないが、〈証拠〉によれば、その員数は昭和四二年一〇月までに五名であつて、その内一名は電子計算機導入に伴いキー・パンチャーを必要とするに至つたためであり、他の四名は同年九月前後にたまたま四名の女子退職者が出たのでその補充として採用されたものであることが認められる。従つて、右の高卒女子新規採用の事実をもつてしては、前記人員整理の必要性の判断(二の(三))およびその対象者選定の合理性の判断(三の(三))は覆されない。

四、原告の解雇

(一)  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

昭和四一年三月二〇日頃、高崎工場では課長会議を召集して、希望退職募集の結果について検討し、左記の各理由により原告を解雇することを決定して、組合に対しその旨を申し入れたところ、同月二六日に開かれた組合大会で承認された旨の通告を受けたので、本件解雇処分に及んだ。

原告を解雇する理由、①慎重な調査、検討を重ねた結果一〇名の工員を人員整理することを決定したのだから、九名の退職に止めることはできなかつた。②退職願を提出した九名と同様原告の担当していた業務も前記新機構案によつて整理され消滅していた。(その詳細は後記(二))。③原告は昭和三七年一一月に結婚しているので(この点は当事者間に争いがない。)退職によつて特に生計を維持し得なくなるという事情も認められない。④原告を在職させれば、勇退した女子九名および一般従業員の感情を刺激して、被告の態度の真摯さを疑わせ将来の労務管理に悪影響を及ぼすおそれがある。

(二)  〈証拠〉によれば、原告は昭和四〇年九月以降本件解雇に至るまで高崎工場製造課工務係に所属していたが、実際に担当していた業務は熱処理職場すなわち同課第三製造係H職場の事務補助的業務である、(イ)入出庫票の発行、(ロ)現品送付票の発行、(ハ)部品進捗資料の作成、(ニ)中日程表の記入、(ホ)外注加工依頼表の発行、(ヘ)棚卸し準備資料の作成等であつたこと、そして原告の主たる作業量を占めていたのは右の作業であつたことが認められる。

そこで、前記新機構案の実施に伴つて、原告の担当していた前記業務がどのように整理されたかを検討すると、

右(イ)の作業については、出庫票は職場独自で発行することをとりやめ、様式が変更され同課工務係において発行されるようになつたことは当事者間に争いがない。入庫票については、〈証拠〉によれば、その発行件数は一日四、五件程度で、その内容も職組長の製造報告書から転記するだけの単純な作業であつて、前記新機構案の実施に伴つて入庫票の発行業務が工務係の記録員に移管され(当時工務係に移管されたことは当事者間に争いがない。)、現在に至つていることが認められ、〈証拠判断省略〉。

右(ロ)の作業については、〈証拠〉によれば、原告のなす作業は、一日二〇件程度前の工程から現品とともに送られて来る現品送付票に検印を押し、分割して次の工程に送るとき(全体の二〇パーセント位)のみ現品送付票を作成することであつたが、必要性が少いので、前記新機案の実施に伴い、H職場で発行添付する作業は全廃されたことが認められ、〈証拠判断省略〉。

右(ハ)の作業については、前記新機構案の実施に伴いH職場では廃止されたことは、当事者間に争いがない。

右(ニ)の作業については、〈証拠〉によれば、中日程表の原告が記入していた部分は必要性が乏しいので、前記新機構案によつてその部分は廃止され、その余の部分は従前どおりとされたことが認められ、〈証拠判断省略〉。

右(ホ)の作業については、〈証拠〉によれば、外注加工依頼表の発行は一日二、三件程度なので、前記新機構案により、職場では発行せず、工務係の記録員が発行することとなつた事実が認められ、〈証拠判断省略〉。

右(ヘ)の作業については、〈証拠〉によれば、従来毎月末に棚卸しをしていたのを、前記新機構案によつて三ケ月に一回に改め(この点は当事者間に争いがない。)、その準備資料の作成は工務係の記録員が実施することとした事実が認められ、原告主張の毎月末残部品進捗状況を中日程表作成の必要上作成しているという事実は、〈証拠〉以外にはこれを認めるにたる証拠がなく、〈証拠判断省略〉。

以上認定した事実によれば、従来原告が担当していた業務は前記新機構案の実施に伴つて、その大部分が廃止され、残つたものは工務係の検査員が行うようになつたと言うことができるが、原告主張のその結果個人の仕事量が増えたり、仕事が混乱したため、再び熱処理職場の係員に原告の行なつていた仕事をなさしめるようになつたという事実は、前示のように原告本人尋問の結果以外にはこれを認めるにたる証拠がなく、右原告本人尋問の結果はたやすく信用できない。

(三)  そこで、前記(一)記載の解雇理由①ないし④を検討すると、①については、前記二、三で判断したように、高崎工場では一〇名の工員を退職させないしは解雇する必要があつたのであり、希望退職募集に応じた者が九名に止まつた以上は、残り一名を解雇する必要があつたものと言わねばならない。わずか一名であるとはいつても、企業に対して、明らかな剰員を企業内に留めるよう強いることはできない。もつとも、その場合でも被解雇者の選定にあたつては使用者側に恣意が許されるものではなく、解雇の対象となる者について、その者を選定する合理的な理由がなければならないことは当然のことである。従つて、結論は、原告個人について、原告を解雇する合理的な理由があつたか否かにかかることとなる。

右②については、前記(二)で詳細に判断したように、その事実を認めることができる。

右③については〈証拠〉によつて、本件解雇当時原告には小学校教諭である夫と一才半の女児がおり、失の月収は約四万円、原告の月収は手取り約二万一千円であつて、夫の収入のみによつても一家の生計を維持することは可能であつたことが認められる。従つて、原告が被告から賃金を得られなくなることによつて不利益を被ることは勿論であるが、その不利益は、他の工員――一家の主柱たる者はもとより、自己の収入によつて自己の生計を維持している独身者――のそれに比してより少いものと言うことができる。

右④については、〈証拠〉を綜合すれば、原告を除く七名の既婚女子は、組合執行部から、被告が既婚女子を中心とする女子の退職を望んでいることを聞き知つてそれぞれ不満はあつたが、退職の条件がよいこともあつて(予告手当の支給―前記三の(一))、結局会社の意を汲んで自発的に退職願を提出したことが認められる。右事実に、原告の解雇が組合大会で承認された事実(前記四の(一))を合わせ考えれば、原告をそのまま残留させた場合、一応会社の方針を了承し、自発的に退職した七名或いは会社の方針もやむなしとしたその他の従業員の一般感情に照らし将来の労務管理上好ましくない状態に立ち至ることも推認するに難くない。けだしそれらの人々は、原告一名が残留することによつて、会社の方針の真摯性を疑い他の七名が根拠のない理由によつて退職させられたという不信感情をいだくに至るであろうからである。(しかし勿論この点は、原告を解雇する合理的な理由が上記のように他にあつて初めてそれを補強するものとして意味をもつことは当然である。)

(四)  結局以上判断したところによれば、被告高崎工場においては企業の合理的維持運営の必要上一〇名の人員を整理する必要に迫られていたのであり(二の(三))、そのうえ九名が希望退職したのちもさらに一名を解雇する必要があつたものというべく(四の(三)の①)、その対象として原告を選定する合理的な理由も、また存在していた(同②。③、補強するものとして④)と言わなければならない。

(なお、以上は本件解雇の具体的根拠であるが、形式的には、〈証拠〉によつて認められる高崎工場労働協約二九条一項五号の「その他前各号に準ずるやむをえない事由があるとき」という解雇理由に当該するものである。)

五、原告主張の無効理由について

(一) 原告は、本件解雇は原告が既婚女性であることを理由とするものであつて、憲法、労働基準法に違反し無効であると主張するが、女子労働者が婚姻した場合には当然退職するものとするいわゆる結婚退職制や女子について男子より若い定年を定めるいわゆる女子若年定年制のように、既婚女子や高年令女子を企業の具体的事情如何にかかわらず制度的に差別するものであれば格別、本件解雇の場合は、前述したように企業の合理化のため被用者を解雇する必要に迫られ、その対象者として諸般の事情を考慮した結果解雇に最適の者として選ばれた者が、既婚の女子である原告であつたというのであるから、本件解雇は原告主張の各法条に違反するものではない。

(二) 原告は本件解雇は合理的理由を欠如しているとして、原告を事務部門に配転し得ると主張するが、事務部門に配転したのでは前記二の(二)の(2)に認定したとおりの間接費を節減して生産性を向上させるという高崎工場の所期の目的が達し得なくなることは明らかであり、また原告は、原告を解雇しないことは高崎工場における労務管理上、悪影響を及ぼすという点についてもなんらの合理的理由がないから無効である旨主張するが、この点についての原告の主張を直ちに採用できないことは前記四の(三)の④で判断したとおりである。

(三) 原告は、組合執行部役員から説明を受けたほかは、被告自身から何らの合理的説明もなく解雇処分を受けたのであるから、本件解雇の意思表示は労使間の信義則に反し無効である、と主張する。なるほど、〈証拠〉によれば、原告主張の事実が認められる。しかし、〈証拠〉によれば、被告が直接原告に対して退職を求める理由を説明しなかつたのは、会社側から説明をしようとしたところ、組合執行部が会社側に対し、かかる問題は会社と組合の問題であつて会社と組合員個人とで接衝することはむしろ労使の信義に反するうえ、そのように個人的接衝はなかば退職を強制するいわゆる肩たたきになるおそれがあるからとの理由で拒否したからであることが認められる。組合がこのような意向を有していたとすれば、被告会社が直接原告に説明を与えることの方がむしろ好ましくないことであつてこれが説明を与えなかつたことの一事をもつて信義則に違反するものとは言うことができない。

六よつて、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(植村秀三 松村利教 近藤崇晴)

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